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会田誠 [Exhibition]

会田誠がまた何かやらかしてますね・・

現在、東京都現代美術館(東京都江東区)で開催されている企画展「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」で、会田氏一家が文部科学省を題材にした作品「檄」が美術館サイドの撤去要請を受けたようです。



問題の作品は「文部科学省に物申す」という作品で、会田誠はいつだって確信犯です。

今回市民と東京都の顔を立てる形で東京都現代美術館が会田氏に撤去要請したようですが、民主主義の原理原則にのっとり誰はばかることなく表明できるべきであると主張することこそが、この作品の製作意図である以上、会田氏は当然受け入れないでしょうし・・・。

東京都現代美術館の学芸員でもある長谷川祐子女史も、普段の主張の矛盾が問われることでしょう。

まぁ、所詮東京都のお金で運営されている東京都現代美術館ですから、どう展開するか見守りたいですが・・・。
しかし会田誠は、安部総理の物まねは得意中の得意中の得意ですからね・・・。
総理に扮して制作されたビデオ作品まで撤去されることは無いと思いますが、早めに観覧しにいったほうがいいのかも。
geki.JPG

タグ:会田誠
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蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい こっきょう) [Artist]

火薬を使った作品で、世界的に有名な蔡國強の個展がいよいよ横浜美術館で開催されます。
10月18日(日)までと、期間は十分あるので輪明日レナ威容にどこかで観にいかねば。


1999年の『第48回ヴェネチア・ビエンナーレ』で『金獅子賞』を受賞しているほか、世界中で個展も開催され、あの北京オリンピックでの開会式の花火の演出などで有名です。
が、正直どうしてここまで売れっ子になってしまったのか?
管理人のアンテナにはあまりひっかかることのなかったアーティストです。

今回の展覧回を観にいく前に、自分なりに蔡國強の作品を研究しようかとは思いますが、なぜここまで火薬にこだわるかということがやはり一番の疑問でしょうね。

蔡國強は自身の言葉を借りれば、「火薬へのこだわりは、永遠にコントロールできない不安感とわくわく感があるのが魅力だ」といってるようですが、そのことと蔡國強本人がどのように結びつき、どこでオリジナルな表現としての強さをもったのか?

じつは、蔡國強は日本に留学しえいたことあり、9年近くに品に滞在していました。

花火といえば日本のお家芸かと思いきや、花火は中国で発明され世界に広まったものなんですね。
中国生まれの蔡國強にとって、花火は幼いころからたぶん身近なものであり、日本で見ただろう出あろう花火とが蔡國強のなかで融合し今の表現意いたったであろうことは容易に想像できます。

日本の花火のように爆発したあとの、あの美しい図柄をあらかじめコントロールする技術は芸術的なものであり、蔡國強の爆薬はもちろんそこまで仕上がりをコントロールできないのですが、仕上がりを完全にコントロールしようとは思ってないようです。そのあたりに何かヒントがありそうです。

横浜美術館の展覧会は十分時間がありますので、ゆっくり考えてみるとしましょう。
蔡國強.JPG

タグ:蔡國強
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2015 ADC展   終わったか?ADC [ essay]

久しぶりに辛辣な記事を書きます。

現在、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中の2015 Cの広告が朝日新聞に大きく掲載されていました。

今年のADC展は、2014年5月から2015年4月までの1年間に発表されたポスター、新聞・雑誌広告、エディトリアルデザイン、パッケージ、CI・マーク&ロゴ、ディスプレイ、テレビコマーシャルなど多様なジャンルからの約8,500点の応募作品の中から、80名のADC会員によって厳正な審査が行なわれ、広告、グラフィック作品の最高峰ともいえるADC賞が選ばれました。
ADC(正式名称:東京アートディレクターズクラブ)は、1952年の創立以来、日本の広告・デザインを牽引する活動を続けており、ADC賞は、その年の日本の広告・デザイン界の最も名誉あるものの一つとして注目を集めるものです。


という説明のとおり、デザイン会では非常に権威のあるものです。

が、広告には受賞された作品たちが掲載されてますが、「いつの広告なの?」という印象を持ってしまうほど古さを感じてしまいました。

広告は時代を映す鏡です。これはないだろうというのが第1の理由。

第2の理由として、今回のテーマに掲げられている「与(くみ)しない」

どちらにも、どこにも、だれにも、クライアントにも与しない。それがアートディレクションの伝達力。アートディレクションの優しさ。
とは??どういい意味ですか?

デザインが社会と寄り添わず何の意味があるの?
ずいぶんおごった考え方なんですね?
という印象。

発足から60年以上。広告業界で力を持つアートディレクターを中心の組織。勘違いしても仕方ないか・・・。

仮に100歩譲って、「与(くみ)しない」という立場を表明することで、社会に対するデザインの存在意義なり、影響力を考えてもらうための切り口だったとしても、作品がとにかく古臭い。

昨今の広告業界は確かに制作予算の削減で、経費をかけた広告作りが出来ない状況です。であるからその分、アートディレクターの力量にかかってるはずなのに・・・。

申し訳ないですが、時代はもうこれらの作品を必要としていない、もっとシビアな時代に入っているということです。

あくまで、個人的な主観で書かせてもらってますが、東京アートディレクターズクラブの若返りを図らねばこの組織の意義は無いなと、不安になったしまったから。

あのキラキラしていた80年代のADCに憧れたものとしての感想です。
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タグ:ADC展
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