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JH科学展 ~John Hathwayの世界~ [Exhibition]


ネットで見つけて、昨日急遽中野へ行ってきました。
http://pixiv-zingaro.jp/exhibition/jhkagaku/
中野ブロードウエイのpixiv Zingaroで今日まで開催している
JH科学展 ~John Hathwayの世界~

ショックです。
一見すると少女趣味のお宅の絵のようです。ジブリの世界にも影響を受けていることは明らかですが、重力と反重力。過去と未来の入り交じった幻想的なそれでイながら、コミカルな。
不思議な世界を表現しております。
Mr.ともタカノ綾とも違う独特な世界感です。
お宅の世界では見慣れた絵柄なのかもしれませんが、私には凄く新鮮に見え、村上氏が言うように10年後のアートの世界を牽引していく何かが潜んでいます。
これを描いたのが、東大の大学院で物理工学を専攻する科学者で、しかももう10年もこのような処女趣味の絵を密かに描いていたと言うことにも乳汁に書空を受けました。
以下、展覧会に際しての作家の挨拶文を全文引用します。
1312209_m.jpg


私はこれまで科学の妄想の中で生きてきました。
私は中学校以降美術教育を受けておりません。私の作品は科学的妄想が起源となっており、とても遠回りの帰結になっています。道の脱線が絵とは関係の薄い複雑な経緯であるため、長くなってしまいますが不足無く説明させて頂ければと思います。
私は幼少に筑波の科学万博そしてロボットアニメ、SF映画など人並みではありますが国内外のSF的な科学に強い関心を持ち、幼稚園ではゴミ捨て場の電気製品をひたすら分解し、小学生では半田ごてで様々な工作し、またそのような科学漫画などを描いておりました。
私はいわゆる科学少年ではありましたが、少し変わっていたのは科学の興味の先にあったのが、宇宙物理などの正統派の科学ではなく、科学者も顔を曇らせるような超常現象的な科学でした。
それは反重力、UFO、超能力などです。
ただ、超常現象の科学の業界でも私はあえて懐疑性を強く持って、より客観的そして論理的に現象を解明するという考え方でした。
中学高校の頃は物体が浮くという反重力実験の再現を行なうため、部屋に何十キロという重さの危険な高電圧の実験装置をたくさん作り、雷のような電圧を発生させ実験をしていました。時にはビルをまるごと停電させるようなこともありました。それほど超常現象的な科学に強い興味を持っていました。
私はそのような不思議な妄想的な科学に魅了され、それが嘘なのかどうかも含め正統派の科学者に納得して貰えるような文脈と手法を確立でき、また超常現象的な科学を実現するために大学では物理学を専攻しました。特に興味があったのが物が浮くような反重力の真偽と原理です。
しかし、大学の物理学科では私の考えたような科学のイメージを持った人と出会えず、またそれを実現するには難しい土壌であると感じました。
その後、私は東京大学の大学院(修士課程&博士課程)に進学しました。
そこでやっていたのは、「超強磁場量子極限」という一言で言うと体育館くらいの大きさの装置に電気をためて、一気に電気を巨大な電磁石に流し爆発させ、世界で一番強い磁石にして何が起こるかという実験と理論です。
それはとてもエキサイティングな実験で私は好きでしたが、それでも本来妄想したような科学とは何か違う物に感じました。
その頃は少しですが功績を認められて、学術振興会特別研究員という身分も頂き、将来はアカデミックな方向に進むと周りは疑いませんでした。
しかしその後、私は気が付いたら絵の仕事をしていました。
不思議なことに大学院を辞めて絵の仕事をし出した時の記憶がほとんどありません。
やはり自分の妄想の科学とは違うと深層の心理で感じていたのかもしれません。
私が描いていた絵の内容はかつてから好きだった萌え系や少女マンガ系と言われる女の子の絵です。
少しさかのぼりますが、私は中学生の頃から科学的妄想とは別にゲームやアニメ、少女漫画などにとても興味を持っていて毎日女の子のイラストを描いていました。ストーリーなどより特に女の子の魅力を表現する上でのマンガ絵の文法の繊細さに純粋な魅力を感じていました。
しかし、当時のオタクは今ほど認められておらず、私の周りでは一般人のみならずオタクの間でもそのような絵を描くだけで軽蔑されてしまうような空気もありました。
私は中学の時から25歳になるまで親族や友人にさえ隠れて描いていました。
そして投稿したゲーム会社のイラストのコンクールで2年連続の準グランプリを頂き、大学院を中退後、その流れで女の子のイラストの仕事をいただける様になったのです。
ライトノベルの表紙挿絵や漫画の読みきり、ゲームイラスト、など大小数え切れない程フリーで活動しました。
さまざまな会社のご依頼で原稿料も厳しかったり自由に描けない物も多かったりプロジェクトが作業途中で中止になることが日常茶飯事でしたが、とてもエキサイティングで技術が無いなりにも一生懸命仕事をしました。
しかし、この間にも私の中で妄想の科学の火は消えることはありませんでした。
きっかけはあまり覚えていませんが、私は絵の仕事をはじめて間もなく、趣味で科学の妄想のCGも描き始めました。
個人的な印象では一般にCGはアートとしてアナログに比べ弱い印象を持つ方が少なくないと感じています。無限に複製できたり、アナログに比べ少ない手間で描けるという要因も小さくないからと私は思います。
しかし、CGにはまだまだ可能性が残っていると感じています。
CGは入力装置やPCにおける科学技術の発達とともに科学の観点からも進化する余地が大きい特別な絵の手法のひとつと言えます。
私はCGを描いているうちにあえて非効率的なCGの使い方を考えました。それはCGだからこそできる非効率的な絵です。そのような描き方をすれば作品に独特の奥深さの表現ができるのではないかと考えたからです。私の細かい世界観の絵はPHOTOSHOPというレタッチソフトを使っていて、通常はレイヤーと呼ばれる仮想の透明なシート状キャンバスの概念を利用して画像を作り上げています。通常のレイヤーは数枚から多くて数十枚程度使い、絵の部分ごとにレイヤーを分け編集することで作業効率を上げます。
私の使い方はレイヤーを2000枚〜4000枚程度使い、それを時系列であったり加工であったりどんどん重ねて一ヶ月〜半年かけて一枚の絵にしてゆきます。5年前の段階で通常のPCでは難しい処理ですが、それをパソコンに特別な改造を施して実現しました。その結果が良かったのか悪かったのかは判断が難しいですが、少なくともCGだからこそ出来る方法であることは確かです。
そのレイヤーは思考し迷走したプロセスの情報を含んでおり、そのレイヤーを時系列に並べ動画にすることで、今ではよく見られる絵のプロセスの動画とは少し違う印象の作品を作ることができました。
他にはCGで古い架空の屏風を作りました。これはこれまで装置の性能上描くことが難しいとても大きなサイズのCGです。この制作でこだわったことはコンピューター上だけで制作過程を完了させたことです。よく見られるテクスチャーなどの素材など使用せず古さをCGのブラシで汚れや経年劣化を手描きすることでCG段階では完全にアナログを排除しました。写真で存在したかのように合成し、一番最後に具現化しました。
また、魔法町シリーズには「反重力」の原理が仮定として物理法則に入った場合の世界変化という科学的帰結も理念の一つになっています。
そしてここ3年間は絵と同時に私は電子回路、プログラム、メカトロニクス、金属加工などを利用し、様々な装置の開発を行なってきました。
私の作業場は金属加工の旋盤やCNCフライスなど小さな町工場の様相になっています。
アートやデザインとも常に関連している科学はレオナルドダビンチを始めメディアアート、Arduinoを用いたデザインプロダクトなど様々な分野で垣間見れます。
私も科学技術を作品の画材として捉え、少ないながらもこれまで学んだ知識を生かし深い根底の部分から科学をコントロールした作品を作りたいと考えています。
ただ、科学技術を安易にブラックボックスとして使うのではなく、その詳細においてまで原理を理解した上で使うことでより自由度の高く本質的な表現の作品に近づけると考えています。
何故ならばそれを構成する科学技術やプロセスの詳細そのものが繊細な表現に対応していると感じるからです。
私もまだアートについても科学についても勉強不足ではありますが、科学や表現を勉強し模索を続けていく努力をしていこうと思っています。
私の作品は萌える絵なのかアートなのか科学なのか商業イラストなのかというと、どれにも属さないとも、しかしどれにも属しているとも言えるかもしれません。
現に私の作品は萌える絵の業界からも科学の業界からもアートの業界からも距離を置かれているのかもしれませんし、私からも無意識に距離を置いているのかもしれません。
未熟ゆえに単に中途半端とも言えます。しかし、ただひとつ確かなことは私がこれまでの人生で一貫してきた方向に向かっていることです。これからも自分なりの世界を作っていければと思っています。
この度はこのような発表の場を与えて頂き、とても感謝しております。




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「ジム・ダイン」展 [Exhibition]

名古屋に行く用事があったので、名古屋ボストン美術館で開催中の「ジム・ダイン」展を見てきました。
http://www.nagoya-boston.or.jp/jimdine/index.html

ジム・ダインといえば、1960年代のアメリカポップアートの巨匠です。
正直まだ頑張って活動してるとは思いませんでした。

バスローブやハートを主題にした作品が有名ですが、途中からは自画像をテーマに作品の表現を追求しています。

現在75歳の彼にとっては、何を描いてもある程度は現在のアートシーンでは認められるのでしょうが
が、その作品(ここでは版画作品が中心ですが)から伝わる気迫や、作品が持つ表現の強さは本物でした。
しかも年齢を重ねてからの表現の多様性を追求した版画作品は圧巻です。

最近は、作家自身が子どもの頃から興味のあった「ピノキオ」なども題材に制作しておりますが、これがまた良いですね。
人間になりたくてなれなかったピノキオの情念などが伝わる作品で、全ての作品がに圧倒されて帰ってきました。

展覧会図録を記念に買ってきたのですが、印刷ではまったく伝わらない本物の良さが実物の作品にはあります。
東京都現代美術館のショップなどでもこの画集は販売されてますので、目にした方も多いかと思いますが、実物の版画作品はまったく別物です。
名古屋という場所での展覧会だけに、交通費をかけて見に行くわけには行かないでしょうが、カタログだけではこの作家を誤解されてしまう恐れがあり心配です。

なんとか東京の方にも巡回してくれないものでしょうかね。
item5802p2.jpg
jim_dine.red_enamel.jpg

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本物だけが持つオーラ「森の王」 [ essay]


1980年代NYでも見ることの出来なかったジュリアン・シュナーベルのプレートペインティング。
初めて目の当たりにしました。
本物だけが持つオーラを感じます。
けして皿や木が異質な物体としては感じられず、絵の具と一体になり、なおかつ力強い表現を持つこの作品にはなくてはならない。
もっと、皿は皿として見えるのかと思ってたので意外でした。

加藤泉の大作を見た次の瞬間に目に飛び込んできたその作品の存在は、本物の絵画だけが持つ圧倒的な威圧感を放っておりました。
久しぶりに絵を見て感動しました。

隣に展示されている大竹伸郎の大きな作品が薄っぺらな物にみえてしまうほどで、本物とはこういう物なのかと思ってしまいます。

こんな作品を若いときに作ってしまったら、いつまでも絵画に執着する必然性はないでしょうね。映画作りに夢中になるのも分かります。

東京都現代美術館が所蔵しているジュリアン・シュナーベルのプレートペインティング。
DSCN1545.jpg
普段は展示してないのですが、いまならMOT展で見られます。
http://www.mot-art-museum.jp/collection/index.html

こいつを見たせいで、普通の絵画が物足りなくなっても責任は負えませんが。

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